型稽古
2009 年 6 月 30 日 火曜日
こんにちは。
普段、私が指導しております練習では徹底して「型」というものを意識した練習を行います。
野球の型、こういうようなものを選手にやってもらいます。
型、とても重要なものだと思うのです。
型にはまった、などと悪く表現されることも多いのですが、むしろ型にはめるべきでしょう、とさえ思っている部分はあります。
自由気侭な動きは必ず無駄があります。
その無駄を省くために型があります。
型の中に自分の動きを洗練してくれるものがある。
それを掴むことこそが、最も重要なことではないかと。
型にはめられると窮屈かもしれません。
その窮屈さは、型によって制限される動きによってでしょう。
しかし、それは無駄な動き。それを削ぎ落とすために型がある。
無駄な動きが削ぎ落とされた動きは、さらに進化して型から離れたオリジナルの動きへ。
それが個性ということだと思います。
型は個性を没落させる、それはおそらく違うことだと思います。
単に紋切り型で押し付けるだけの意味のないものならば別ですが。
型が脈々と受け継がれ続けているものも沢山あります。
武術の世界なんかもそのうちの一つでしょう。
徹底した型稽古、同じ動きを何回も何回も繰り返す。
型が本当に身に付いたとき、無意識のうちに技を繰り出すことが出来る、つまりそれは「術」というものに昇華され、自分のオリジナルなものとなる。。。
そんな話を聞いたことがあります。
ってな話を若い二十歳前後の青年に話したのでした。
二十八歳前後の人にも何回か話した話ですが。
では。